前回まで「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」には、2つの特徴のあることをお話ししました。
1つ目は、補中益気湯には「四君子湯(しくんしとう)」の方意が含まれている点。そしてそれが胃腸のあたりから元気を作り出していることです。同様に四君子湯の方意を含む薬には「帰脾湯(きひとう)」があります。
2つ目は、補中益気湯には「柴胡(さいこ)」という生薬が含まれている点。柴胡はうつ熱を取ることができるので、強いストレスや、微熱や口の中の熱などを改善させることができます。
ちなみにうつ熱とは、感染や炎症によっておこる急性発熱ではなく、
「ストレスや不眠、不適切な環境要因、病気などによっておこる“体内にこもる熱”」のことです。発生には、おそらく自律神経が絡んでいます。
柴胡にはそのうつ熱を晴らす作用があるため、漢方では重宝されています。
そこで今回は、一連の話の流れと柴胡という点から「加味帰脾湯(かみきひとう)」を紹介します。
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コロナ感染後遺症の味覚異常
コロナ感染の場合、まず炎症があり、それによって生まれたホルモン物質(サイトカインといいます)が、舌や脳神経に強いダメージを与え、味覚障害が生じている可能性があります(これを器質的異常といいます)。
しかしストレスによって生じた精神的ダメージから生じている可能性もあります。
それは自然に治る方がいる一方で、気になればなるほど、症状が遷延してしまう方がいることが、そのことを示唆しています。
西洋医学には「自発性異常味覚」という概念があるのですが、
これの原因が、舌というより、味を感じる脳の知覚過敏にあるとされ、発症のきっかけにストレスの関わりが推察されています。
コロナ感染後遺症としての味覚異常がこれと同じであるのか分かりませんが、似ている部分もあります。
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“炎症”と“ストレス”、その治療に柴胡剤の可能性、
その観点から、加味帰脾湯をそのひとつとして考えてみます。
加味帰脾湯は、
帰脾湯に柴胡、山梔子(さんしし)を加えたお薬です。そしてこの2つの生薬が加わったことで、炎症を沈下させ、清熱させる作用が期待できます。
江戸幕末~明治中期の漢方家『浅田宗伯(あさだそうはく)』は、医書「勿誤薬室方函口訣(ふつごやくしつほうかんくけつ)」の中で、
(加味帰脾湯は)帰脾湯に柴胡、山梔子を加えたるは「(16世紀中国の医書である)内科摘要(ないかてきよう)の方なり。
(帰脾湯の)思慮過度にして心脾二臓を傷り・・の前症に虚熱を挟み、あるいは肝火を帯びる者に用いる」
と述べました。
帰脾湯は「思慮過度、心脾を労傷し、健忘や不安を伴う動悸を治する妙剤」でしたから、
加味帰脾湯はそれに、
① うつ熱という体内にこもる熱がある
② 精神的ストレスのみならず、肉体を含めた全身ストレスがある
ときに使えることになります。
東洋医学は、ひとつのお薬が一つの疾患に呼応するという発想ではないため、加味帰脾湯が必ずしも味覚障害の特効薬ということではありません。
帰脾湯と同様に抑うつ、不眠、不安があって、さらに①②が引き金になっている場合、加味帰脾湯が、めまい、頭痛、ほてり、盗汗、口内の症状などにも利用できるということです。
今回は柴胡剤として補中益気湯の親戚薬、そして四君子湯、帰脾湯の兄弟薬としての加味帰脾湯を紹介しました。
守備範囲の広いお薬として一考あり。。