まずは、熱お血は『血の塊が滞り、熱分がうっ積している状況』であり、
冷えお血は『熱分や血水が足りなくて停滞し、体が冷えびえしている状況』です。
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ところで、
これまでお話しした「加味逍遙散(かみしょうようさん)」は、イライラを鎮める“熱お血”用の薬でした。
また「芎帰調血飲(きゅうきちょうけついん)」もイライラを鎮めましたが、こちらは“冷えお血”の薬で、用いる対象者は逆であったわけです。
では「女神散(にょしんさん)」はどうでしょう。
構成生薬を並べてみると、
〇気(き)を調整する生薬(気剤)に
気を体内にめぐらす「理気」として
香附子(こうぶし)・桂皮(けいひ)・木香(もっこう)・檳榔子(びんろうじ)・丁香(ちょうこう)
元気を作り出す「補気」の
人参(にんじん)・甘草(かんぞう)
が含まれています。
これは芎帰調血飲に含まれる
理気作用としての、香附子・桂皮・烏薬(うやく)・陳皮(ちんぴ)・乾姜(かんきょう)と
補気作用の
大棗(たいそう)・甘草
と似ています。
どちらも気剤の大御所、柴胡(さいこ)が含まれていないので、加味逍遙散とは (方意を同じですが) 内容が少し異なっています。
そして女神散には、
◎血(けつ)を調整する生薬(血剤)に
当帰(とうき)・川芎(せんきゅう)が
●水(すい)を調整する生薬(利水剤)に
朮(じゅつ)が用いられています。
これらから、陰証向きの芎帰調血飲に近そうです。
ただ女神散には、瀉心/清熱作用の黄連(おうれん)・黄芩(おうごん)が含まれています。
つまり強力に熱を冷ます作用を含ませ、一気に陽実証薬に変貌させています。
よって「女神散 = 芎帰調血飲 + 黄連解毒湯」という式が成り立つのですが、黄連解毒湯は虚弱な方に用いられませんので、これが加わり加味逍遙散を超えた実証者に投与できるようになっています。
つまりイライラのお薬としては、
『より陽実証者には女神散を、
→ 陽虚証者には加味逍遙散を、
→ 陰虚証には芎帰調血飲を』
というラインナップになりそうです。
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そういえば、
江戸末期~明治初期の漢方名医の浅田宗伯(あさだそうはく)は医書『勿誤薬室方函(ふつごやくしつほうかん)』の中で、「この処方はもともと安栄湯といい、軍中七気を治める方なり」と述べており、
戦場で恐怖と高揚、過度に感情がいきり立った武士が精神安定剤として服用していた様子がうかがえます。
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女神散には、
精神安定作用に加え、気分高揚やほてりを抑える作用がある。
これを利用し、更年期世代の女性に頻用されている、というわけです。