さて前回の麻黄湯(まおうとう)の派生薬のお話です。
“派生薬”とは、核となる生薬をすえ置いたまま、枝葉だけを変えて、効能を変化させた親戚薬のことをいいます。
その流れから今回は『麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)』を紹介します。
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麻黄湯の仕事は「発汗によって肌表の邪を除くこと、つまり発汗を通じて体内に侵入した病邪(ウイルスや細菌)を体外に排斥させること」でした。
しかし臨床の現場では、コロナ/インフルエンザの陽性判定されて治療を受け、熱は下がったけれど、そのあと咳がひどくなった、という方がいます。
当院は、西洋医学では呼吸器を含めた一般内科を、東洋医学では漢方内科を標ぼうしているので、このような方々がたくさん来られます。
そのようなとき対応は、
西洋医学一辺倒なら、咳き止めや痰きり、喘息用の吸入薬などが中心となります。
でもそれらはすでに別の病医院でもらったが、まだ咳と痰がひどい・・という場合、東洋医学治療も請け負っています。
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では、麻杏甘石湯の話として、まずは薬の構成と効能についてです。
前回の麻黄湯は、
麻黄、甘草(かんぞう)、杏仁(きょうにん)+
桂枝(けいし) で成り立っていました。
その一方で麻杏甘石湯は、
麻黄、甘草、杏仁+
石膏(せっこう) で構成されています。
よくみると「桂枝→石膏」へチェンジしただけなので、両者の構成は似ています。いわゆる兄弟薬といえましょう。
しかし面白い点は、たったこれだけの変化なのに効能が大きく違う点です。
麻黄湯の効能は、
〇麻黄 + 桂枝 の組み合わせにより、
「体の表面(表)の水分を体外に押し出し、“発汗”を促すこと」が主でした。
逆に麻杏甘石湯のそれは、
〇麻黄 + 石膏 の組み合わせによって、「肺(裏)の水分を体の奥にひきこんで、むしろ汗を止めること」
そして、
〇麻黄 + 杏仁 の組み合わせにより、「咳と痰を抑えられること」です。
この差異を利用して、
麻黄湯を先発登板させ、汗を出し、熱や頭痛を良くた・・でも、
その後は咳がひどい、ということでしたら、麻杏甘石湯を中継ぎ登板させる、方法を考えます。
この手順は、私が考えたものではなく、中国の2000年前の医書『傷寒論(しょうかんろん)』に
「発汗した後、発熱や悪寒などの表証は消退したが、喘(喘息や咳)が余症として残った場合(桂枝湯を与えず)。
汗が出て喘があるのは、裏に熱が移動したためで、大熱(体表の熱)によるものではないのだから。
この者には麻杏甘石湯を与えるべし」とあります。
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麻杏甘石湯には、さらなる派生薬もあり、次の中継ぎへと、次から次に投手を交代させる案も浮かびます。
たとえば
麻黄、甘草、杏仁、石膏 + 桑白皮(そうはくひ)
- 五虎二陳湯(ごこにちんとう):もっとひどい咳と痰の方に
麻黄、甘草、杏仁、石膏 + 桑白皮 + 陳皮(ちんぴ)、半夏(はんげ)、茯苓(ぶくりょう)
- 神秘湯(しんぴとう):長引く咳と痰のため、精神(気)を病んでしまった方に
麻黄、甘草、杏仁 + 陳皮、厚朴(こうぼく)、蘇葉(そよう)、柴胡(さいこ)
- 大青竜湯(だいせいりゅうとう):ひどい熱とひどい鼻水、咳と痰の方に
麻黄、甘草、杏仁、石膏 + 桂枝、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)
これら応用を利かせながら、勝利の治療方程式を導きます。
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ところで、
麻黄湯、麻杏甘石湯は、関節や筋肉が腫れて痛い、という方の薬にも派生しています。
麻黄、甘草、杏仁 + 薏苡仁(よくいにん)
麻黄、甘草 + 薏苡仁、桂枝、蒼朮(そうじゅつ)、芍薬(しゃくやく)、当帰(とうき)
参考までに。