東洋医学では、舌は身体の生気(エネルギー)盛衰を表すものとして尊重されています。舌は「舌に乗る舌苔」と「土台となる舌体」に分けられますが、前回は「舌苔」についてのお話をいたしました。
今回は「舌体」についてのエピソードをお話しします。
実は西洋医学は生気虚損、つまり体力を損ねてしまったときの扱いが十分ではありません。そのため悪い状況に落ち込んでいても治療内容が変わりにくい、そんな特徴があります。
たとえば体力のある/なしに関わらず、同じような血圧薬、糖尿病薬、コレステロール薬が処方されています。また抗癌剤なども、体重こそ考慮されますが、基本的には似たメニューとなっています。
問題はそれでうまくいかないときがあることです。そのまま西洋医学で対応していただいても改善しない場合は、補完を目的に東洋医学に利用する手立てがあります。
・・・
その東洋医学の特徴は、身体の診察を通し治療の是非が判断できることです。また多様にお薬が用意されていることです。
それらを考慮する際、とくに舌は"身体の状態を覗きみる窓"の役割を果たします。
舌は古代中国の頃から利用されていたようで、2000年前の中国医書『黄帝内経霊枢(こうていだいけいれいすう)』に「"臓腑は経脈を通じ、舌とつながっている"、"気血が動じると内臓に病が生じ、舌に変調があらわれる"」と書かれています。きっと体質や現証を推しはかることの出来なかった時代に、舌もひとつの指標として意義を発揮していたのでしょう。
・・・
さてここから、「舌体」にまつわるお話をいたします。
当院に冷え症のため来院されている女性がいます。この方の舌体は大きく丸みがあり、つやつやしていることが特徴です。でもあるとき、その舌の形が三角に変わってしまいました。舌の表面も乾燥したお肌のようにガサガサし、舌体の厚みも減弱しているように見えました。
生活で何か変化があったのだろうか、それとも身体に新たな病気が芽生えたのだろうか、そのようなことを考えつつ診察をいたしました。
案の定、西洋医学検査では異常がみつかりません。
ただお話から、美容系のお店を開業したことが分かりました。
この方は冷え症ですから、もともと元気いっぱいという方ではありません。それでも頑張られ自身のお店を開かれたのですね。その結果、体力を損ね、気疲れも重なり、限界ギリギリの状態となってしまったようです。舌体の変化はまさにその状況とぴったり重なりました。
この生気虚損の様子に、煎薬の補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を数カ月に渡って飲んでいただきました。そうしたら、徐々に心身の回復をみました。お店も軌道に乗ってきたのでしょう。舌体もしっかり丸みのある形に戻りました。
さてそのような順調な経過ですが、一つだけ気になることがあります。それは舌体の表面に、少しだけガサガサ感が残されていることです。これは体調不良におちいりやすい可能性を示唆しています。
そのため、外来では「限界まで頑張らないように、体力の70-80%程度で抑えて活動するように」と声をかけるようにしました。そして、漢方薬も継続することになりました。
このように西洋医学の検査で異常が見られなくても、体の中では何か起こっていることがあります。その様子を伺うため、東洋医学的の診察を受けてみるのも良いといえるのです。